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<続:近所のおじさん>

その家のおじさんは、前にも書いたとおり、昔からものすごい巨体だった。
ソファから起き上がるのも一苦労といったかんじで、彼が歩くと、床が
ミシミシ・・・。床板が抜けるのでは、と心配するほどだ。
いつも暑そうに汗をぬぐっていて、息が荒かった。

今から20年ほど前、初めて僕の妻をトルコに連れていって、
彼に会わせたとき、
「昔の漫画に出てきたキャラクターに似てる・・」
と僕にささやいた。
「ええと・・・なんだっけ、そうだ!ハクション大魔王だ!」
そして、おじさんに比べるとかなり小柄なおばさんのことを、
「あくびちゃんをシワシワにした感じだなぁ・・・」と感心していた。
おばさんも、ずっと昔はもう少し大柄だったらしいのだが、
一人、子供を生むたびに、身体が少しずつ縮んで小さくなったそうだ。
今では、身長が僕の胸ぐらいしかない

おじさんには、欠かさずやっている日課がある。
それは毎日、午後になると、町中の殆どすべての商店をまわり、
商品の値段を調べることだった。
べつに、これは彼の「仕事」ではない。 あくまでも「趣味」である。

巨体を揺らせて、肩で息しながら、あちらこちらの店に入っていっては、
店内のすべての商品をチェックし、いちいち店員に、
「おい、これはいくらだ?」 と尋ねるのであった。
「○リラですよ」 と店員が応えると、
「ふん!高いな」 と文句を言い、
「10個まとめて買えば、いくら値引きするんだ?」
などと尋ねる。 
「そうですねぇ・・・10パーセントぐらいは」
店員は適当に応える。
「ふん!たったそれだけか」
おじさんは、露骨に(だめだなぁ)といった顔をして 店を出て行く。
そして、また別の店に行っては、値段を尋ねる。
「ふん!あの店ではもっと安くすると言ってたぞ。
お前のところはダメだな」
などと店主に文句を言っては、店をあとにする。

そして、半日もかけて町中の「値段調べ」をして回るのだが、何も買わない!
商店の店主たちも、もう全〜員、それを知っているので、
(やれやれ、また来たよ・・)
と少々、面倒くさそうに応じている。
でもだからといって、あまりあからさまに、失礼な態度にでるわけにはいかない。
なぜなら、おじさんがあちらこちらで、
「あの店の、客に対する態度は最悪だぞ」
などと触れ回りかねないからである。

僕が里帰りでトルコに帰り、近所への挨拶まわりの途中で
彼らの家にも寄ると、
おじさんは毎回、必ず、
「おい、日本ではトマトの値段はいくらだ? 玉子の 値段は?」
と色々なモノの値段を聞いてくる。
おじさんは、遠く離れた日本の値段まで、気になるらしい。

そして、僕が「う〜ん・・、トマトは1個80円ぐらいですね」などと答えると、
「ははは!一キロじゃなくて、1個80円だって? 高くてかわいそうだな!」
と大声で笑う。
  いや、物価自体が違うから・・と説明しようが、おじさんには通じない。
「じゃあ、肉はいくらだ? へえ!そんなに高いのか!
それじゃお祝いの時ぐらいしか、食べれないだろう? 
気の毒だな! だからお前は、そんなに痩せているんだな、ガハハハ!」
などと、馬鹿にしたように笑う。
そして、次の里帰りの時にも、また同じ質問をするのだ。

だが近年、トルコの物価も随分と高くなり、特にデノミネーション(通貨の単位切り下げ)
が行われてからは、物の価格も品物によっては日本と殆ど変わらなくなってきた。

去年、トルコに帰ったとき、おじさんはまた、いつものように日本の値段を聞きに
やってきた。 皆で食事をしていたら、「どうだ、トルコの食事はおいしいだろ。
ところでこの鶏肉なんかは、日本ではいくらだ?」
僕は、「種類にもよるけど、安い肉なら1kg400円ぐらいから、ありますよ」 と答えた。

すると、おじさんは、「えっ・・・」と言ったまま、しばらく黙ってしまった。

「・・・そうか、トルコも最近は物の値段が上がったからなぁ・・・・」

おじさんは、なんだかとっても悲しそうに見えた。
たぶん、今後暫くは、おじさんは僕に値段を尋ねることはなくなるだろう。

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